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第12日目::モスクワ到着:やっぱ都会はいいわ。

 と言うわけで寝入りは非常によろしかったのだが午前3時頃スベータちゃんのけたたましい夜泣きで起きてしまう。隣のコンパートメントの子も泣いていて、両親が一生懸命なだめている。こちらは別に気にしていないが謝ってくるので「いや、いいんですよ」と言い返しながら手を顔の前で左右に振るというやってはいけないことをやってしまって失敗した。それはそれで何とか取りなして、そのうち泣きやんだのだが、まもなく扉がロシア式に勢いよくッと開けられ、車掌のおっかないおばちゃんがやってきてロシア語で明らかにさんざん文句を言って、またロシア式にバゴンッと閉めて出ていった。子供って大変なんだなやっぱり。ところがその後も何回か泣き出すので再び車掌さんがきてまたなんか言う。聞き取れたキーワードが「1回300ルーブル」とかだったので罰金取るぞとでも脅されていたのだろう。なんだか気の毒だなー。それからはその夫婦と結局ずっと起きていて、スベータちゃんも泣き出すことなく、無事にすんだ。
 
 ヤロスラブリをすぎてからは実に4時間半の無停車区間となっており、次はいよいよ終点のモスクワだ。5時にもなると車内は全員起き出して身支度を始めている。ところが車掌さんがまた意地悪で、すでに洗面所をかねたトイレに鍵をしてしまっていて客ともめていたりする。同室の奥さんが着替えたいらしいのでシーツを返しがてら廊下に出てしばらく暗い外を眺めていた。ロシアの時間帯設定はサマータイムでも太陽に対して遅い。ゆっくり起きて夜更かし、に合うようになっていて、私としてはとてもよろしい。沿線はいつの間にか街灯がとぎれない様になってきており、延々続いていたあのシベリアの風景が懐かしくも思えてくる。
 
 やがて列車が減速し、しばらくしてモスクワのヤロスヤブリ駅に到着する。周りがいそいそと降車し始めている中しばし余韻を味わって、まだ荷造りしている同室の一家と丁寧にお別れして私もホームに降りる。周りはすでに閑散としていた。モスクワのトランスファーは降車口まで迎えになんかきてくれないのでホームの出口でこちらが探す。で、2人連れの職員発見。「オハヨウゴザイマスサムイデスカ、ほてるマデオクリマス」おおーーっ日本語懐かしい。お気遣いありがとう。そして古ーいロシア製のセダンに乗せられて夜が明け始めた市内をけたたましいエンジン音とともにひた走る。道のりは中規模(?)のヨーロッパ的市街が延々と続き、モスクワのかなりの広さが感じられる。ところでさすが首都だけあって路面は平坦で車線も引かれているし汚れてもいない。ただ運転マナーが全員凶暴だ。ロシアでは2輪はほとんど全く走っていないのだがこの激流の中では私だったらひとたまりもないだろう。等と思いながら車は予約してあるイズマイロフホテルへと向かう(慣れた見栄講座な人はこのデルタ棟を「収容施設」と呼ぶとか呼ばないとか。。確かに行けばわかりますなにかと。。)。
10000km近く走破したわけだ。
感無量。
目が合っていて気まずい。
   
 ホテルは非常に立派なガンダムビルディングで中も綺麗だ。広々としたフロントでチェックインしてカードをもらう。部屋は1601号室だ(ほんっとに収容部屋らしい。特に日本人)。16階のデジュールナヤさんは綺麗なおばさんで親切にコーヒーを持ってきてくれた。有料だけど。何とか英語が通じたのでいろいろ聞いてホテル内の事柄の他に日本人は他にいないとか地下鉄のシステムが変わったことなどを教わった。為替レートを聞いたら約3800P(+超大量の小銭)も残ったルーブルが両替時の9割弱の価値になっていてしまっているようで悔しい。バスタブが付いていたので思わず風呂に入り、荷ほどきして車内で余ったパンをかじりながら作戦を立てる。
 地球の歩き方ロシア篇の最初の100ページほどをはぎ取っていろいろ眺めるが、やはり時間的に厳しい。効率よく中心部のクレムリンまわりを見学するとしよう。

快適なお部屋。
やはりカーテンは閉まらない。

モスクワ郊外朝風景。
     
 この時期モスクワはイルクーツクやウラジオストックなどと比べて暖かく、下着の上に長袖のシャツと念のためコートを羽織ればちょうど良さそうだ。経験上大丈夫そうなので外貨の半分をトランク内に残し、残った半分とルーブルの札束とカメラはコートのポケットへ。おーいこいつ外人だぜーとなめられないようにベルトに鍵束をじゃらじゃらつけてアジアンネイティブを演出し(結構効くらしい)、イルクーツクで買ったレコード袋には地球の歩き方の断片を入れ、いざ部屋を出る。ところが部屋の鍵をデジュールナヤに渡したところで何か言われる。”足りない”とかだけ聞き取れた。何のこっちゃ。外国人滞在者の義務は全部果たしているはずだぞ。人が代わっていて英語も効かない。ロシア号で一番便利だった「たぶん問題なーい。万事順調〜。」をしゃべり、切り抜ける。後で判ったがインツーリスト関係の細々とした事柄だったらしい。
 
 イズマイロフと言うところは実は結構郊外でモスクワ市内までは地下鉄が便利である。ところがすぐ近くにあるはずの駅がなかなか見つからない。3人位に聞いてようやく入り口となっているところの建物が判明。あまりにロシア風立派すぎて、とても地下鉄の駅には見えなかった。ともあれ重ーい扉を開けて中にはいる。階段を下りていくと切符売り場があって・・・さてどうすればいいんだろう。なにやら無愛想な自動販売機のような物もあるが、周りの人たちは人力窓口で買っているようだ。どれどれ、まねをして無表情で4Pを窓口の向こうのおばさんに出すと磁気カードの切符を無表情でくれる。どれだけ乗っても駅から出なければこの4Pだけ。これはやすい。その後は反対側の頑丈そうな自動改札機を通って、切符はそこで捨ててかまわないシステムだ。つまり地下鉄駅は入り口と出口が決まっていて、人の流れは駅舎内で常に一方向という合理的な仕組みだ。その分キセルができる。出口側は無人なのでひょいひょいとがきんちょどもが入って来たりする。
 
 改札を抜けるともう一階分降りてホームに至る。中央方面の列車に乗り込むと車内は暗いが取り立てて治安が悪いとかそういう雰囲気はない(と思うわたしは)。車内の間取りはどこにでもある普通の地下鉄だ。やがて殺人的な勢いで親のかたきとばかりにドアがドゴーン!と閉まり(これがきもちいいわたしは)、発車。加減速はきびきびとして激しい。それから時々照明が消える。これは駅区間ごとに経営会社が違うとかいった理由なのだろう。電気代の関係で。たぶん。ところで気づいたことにはロシア人も”反対側ドアの近く”が好きらしく、立ち位置としてそこを狙う性質がある。
 革命広場駅で降りるつもりが放送をよく聞き取れず、次のアルバーツカヤで降りる。長くて速いことで有名な地下鉄エスカレーターは、ほんとに長くて速かった。30mはあろうかという高低差を、スキー場のリフト程度のスピードで上がる。ステップがぐつぐつ湯立っているような振動をしていてくすぐったい。やがて運良く出口を発見し、地上に戻れた。
 
 駅を出ると突然若造に絡まれたが無視してクレムリンに向かう。交通量が急増し、モスクワ川沿いにそれらしい城壁が見えてきた。ほんとに赤いので感激。川沿いに接近する。やがて超巨大なロシアホテルが見えてきて、そこから赤の広場へと向かう。
大クレムリン宮殿(の裏側)。
この辺りはなかなか横断できない。

モスクワ川と大カーメンニー橋。
クレムリンの赤い排水が風流?
     
 有名なワシリー聖堂を越えると赤の広場だ。人生の中でなぜかなんとしても一回踏みたくてしょうがなかった場所だった。元老院にはロシアの模式国旗がたなびき、スパスカヤ塔には意地でも誰がなんと言おうと絶対世界一正確だった時計が時を刻んでいる。ここにはソ連時代の鉄壁で厳格でサユースアーンドマシーン的なムードの名残がある。それでいてロシア感を100%押し出した芸術建築が奇妙な配置で同居していて趣深い。例えばレーニン廟はソ連主義者の聖地にしてその向かい側は資本主義デパートだったりするし、広場は傾斜していて方形でなく構造物の配置は全体として風水も悪そうだが絶妙に納得させる構図となっている。ロシア的なこのような妙も私は何とも心地よいし気に入っているのだ。
 ところでさすがに外国人が多く、日本人もいるかなーと思ったが全く見あたらない。観光客のうちアジア系はみな中国人で、他は西側の欧米人と言ったところのようだ。

赤の広場
地面のタイルは頁岩だ。

強風の中、同志の皆様。
中国の人たちが喜んでいた。
     

聖ワシリー聖堂。
本物を見ると不思議な気持ちになる。

レーニン廟。
入れなかった。
なお、花崗岩だ。
   
 その後グム百貨店に突撃。多数の様々な業者店舗が無秩序に入り込んでおり、シチズンやらソニーのお店もある。見た限りでは外資系ばかりのようで、”西欧化”したいロシア国民の願望が見えているような気がした。その割に英語は全く通じず、物も高い。加工ミネラルショップがあって、ウラジオストックでの相場と比較すると2倍近い(でも安い。安すぎる。)。サンドイッチとコーヒーで昼食の後もしばらく物色。あーもう高い。高い高い。200PのTシャツが...800円位、750Pのジッポが...3000円位、70Pの鍋つかみが...300円位。痛くもかゆくもない値段なのに目をしかめてしまう。日本に帰ってから社会復帰できるか不安だ。とりあえず買い物の下見はすんだことにして外へ。
 
 次におそらく下町というか普通の町並みが広がる東側へと足を延ばす。どこに入るでもなく2時間ほどぐるぐる歩き回ったが大変疲れたのでもうホテルに帰ることにした。明日また来ようということで。ところが中心部の地下鉄の駅は乗換駅となっているので非常に苦労した。はっきり言ってあれは迷路だ。ちゃんとイズマイロフスキー・パルク方面の標識に沿って分かれ道を進むが、いつの間にか標識にその表記が消えたり出口だったり違うホームだったりして、結局違う路線に乗ってまた引き返すような状態で、今となってはまあいい思い出だ。東京の地下鉄も怖くて乗れない人だし。
 ホテルに戻り部屋で一息ついた後、ホテル内のいーいレストランで夕食。また夜はスープが無いとか言われたがロシアの地ビールで我慢して久しぶりにステーキで他を見繕って食べた。安い割にボリュームがあってよろしい。しかし一人で豪勢に食べてもまったくつまらないもんだ。ロシア号の一週間がなんと暖かかったことか。

 という一日。

 

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