Make your own free website on Tripod.com

インデックスページ    旅程表    前の日    次の日

第2日目:ウラジオストックは汚かった

 11時ちょい前起床。さてぶらつくか。実は私はこういう知らない町をぶらぶらするというのが大好きで、色々と楽しみだ。部屋のキーをディジュールナヤのおばちゃんに渡して外に出て歩く。とりあえず彼女の機嫌は悪そうだった。よしよし。


ぶらつく私

   
 町並みは日本からほんの2時間の距離にして欧州的な印象だが、昨日聞いたようにひたすら汚い。道はスパイクタイヤの粉塵とゴミにあふれ、市電やトラックが通り過ぎる度にもうもうと巻きあがる。人々はほぼ100%ロシア人で、例のロシア風の帽子をかぶっている人が多い。それからすぐにわかったことにはロシアの女性が30歳くらいで全員膨張し始めるというのは日本人の偏見だ。確かに爆発する人もいるみたいだがかなりの人はちゃんとそれなりで収まっている。あと、町中メーテルみたいな大美人ばかりだというのもウソだ。また、みんな背が高いのかと思いきやそうでもない。私は身長173cmだが男子でも平均この位のようであり、コンプレックスを一つ回避できた。


山積する....

   
 適当に歩くとウラジオストック駅に偶然着いた。明日はここから延々9300km列車で出発するわけだ。駅の裏には港が直結し、水兵さんがうようよ歩いている。かつて軍港都市として未解放都市だった雰囲気が伝わってくる。駅前の露店で4Pの巨大ピロシキ?と14Pの7upを買って歩きながら昼食。塩味だけでしょっぱいがうまい。ただしすぐ飽きそうだ。


   ウラジオストック駅と構内


   駅裏の港は客船も軍艦もごっちゃ
     
 次に地球の歩き方を頼りに郷土博物館に挑戦することにした。ところが書いてある場所に行ってもそれらしき入り口がない。角の入り口に適当に入る。中は薄暗く、なんか違う雰囲気。定規やら絵の具やら文房具を売っている。胡散臭そうにЧто?とか聞かれる。何とか状況を説明したら地図で入り口を説明してくれた。ようやく入ると机があってまたЧто?と聞かれる。見学をしたい。それからカメラが一台。とかねて用意しておいたロシア語で言うと合わせて30Pだった。フラッシュもいいか聞いたら問題ないという。入り口右手の岩石鉱物関係の部屋に入る。おお。すごい。通ってる大学の標本館並の巨大な水晶関係がごろんごろんしてる。墓にはマンモスや鉱石関係など。奥の部屋にはもっといっぱいあるようだが閉鎖中とのこと。残念。というかこれだけじゃ物足りないといった感想。何より目を引くのがこれ。隕石。2トンはあるだろうなーとか思いつつタバコをスケールに写真を撮ると学芸員がよってきて「日本人の地学の大学生か」と多分言われた。「でかい。新鮮。きれい。とてもすばらしい。」と単語を並べるとすまなそうにあっさり「これはにせものだ」そうだ。博物館内は他に剥製や各時代の軍関係資料がたくさんある。なぜかおいてある仏壇等が目を引く。さらになぜか生け花のコーナー。学芸員がよってきて「日本から一人で来たのか」は聞き取れたがすぐヒアリング限界を超えて訳わからん。「アイムソーリーニェパニャートナイズビニーチェゴメンネ。」と呪文を唱えると笑って去っていった。一通り眺めて外に出る。


ただごとじゃない隕石もどき

   
 円の両替がウラジオストック以降難しいらしいのと、出国時対策に公的機関で両替をした証拠がほしかったので駅左手のБАНКに入る。入って3秒で兵士が寄ってきて「ソビエト以外だめだ出ていけ」という。自分でも知らぬうちにロシア人の無愛想にむかついてきていたのか「私は円を両替したいんだ。銀行がだめならどこに行けばいいんだ!」位に無茶苦茶な文法で思わず強く言うと英語で「post office.」と言われる。あ、そうなの。ありがとう。と訳の分からぬ精神状態のまま外に出る。郵便局は駅の向かいだ。入り口がいっぱいあり、その多くがはずれだが何とかそれらしき入り口に入り、2階に郵便局を探し当てる。窓口に並ぶと早速やみ両替屋がやってくる。呪文「ヤーハチューチェーク」で撃退。そして私の番。ちらっと壁のレート表を見る。げっ100円=18P!!!円も弱くなったもんだ。まあいいや。10000円とホテルカードを箱に入れてガチャッとやると(行けばわかる)1800P出てきた。ちなみに1US$=24Pだった。現在持ち金約5000Pちょい。んー金持ち(この時金銭感覚は麻痺したままであり、こんなに両替すると大変な事になりかねない危険な事態である事をわかる方はわかるでしょう)
 
 夕方は自由市場を物色。色々言われるが全然解りません。親切そうに話しかけて来てくれているのだが、申し訳ないが、無視する形でせめてクールにぶらぶらする。市場には10円ピロシキから生活雑貨、衣類までそろっている。ジーンズが高級品らしい。あっ今私はいてる。何かリッチな気分。商品は豊富でウラジオストックのような極東では物が全くないなんてのは昔の話のようだ。
 
 ホテルに戻りキオスクで小菓子を買って(やはりホテル内は高い)部屋に戻ろうとすると、いわゆる日本語使いのあんちゃんが「ニホンジンデスカ。がいどサセテクダサイ。」と言ってくる。はい。出ましたね。あなたは典型的に、やばい人ですねー。ちゃんとわかってますよー。最初は適当にあしらって逃げようと思ったが、後でホテルの人が「彼は信じて大丈夫だ」と言う。苦学生でなんとしても日本に留学したいらしい。ホテルの人がそう言うなら、とガイドを依頼することにした。話を聞くと冬の間外国人が全然来なくて本当にひからびていたらしい。
 
 もう一人と車に乗って町中をぐるぐる案内してくれる。町は相変わらずどこも汚いが、穴場的名所その他は全く彼らのおかげで行くことができた。地球の歩き方シベリア編は結構ウソが書いてあることも解ってきた。何より本物のロシア人と英語だったがちゃんとコミュニケーションできたのがうれしかった。実は本当にいい人達だ。フレンド。ドゥルーク。妙に気が合って夕飯おごってやると言ったら喜んでウォッカとタバコをおごるという。あくまでも経験上だが、このような”約5-10%返し”もロシア流らしい。ウラジオストックホテルの下のサクラ(ホテルの料理店のサクラじゃない。ちょっと下ったところのСАФЕ。)で3人で夕食&宴会。サラダとイクラを包んだ何かと餃子風の物等。ずばりこの店は3人で2000円位と安くてうまい。ウォッカの一気飲みを習う。5杯くらいやったかな。いやーいい気分。うまいねウォッカって。簡易一発勝負口説き法やら簡易極東弁&モスクワ弁使い分け法なんかも習った。一番の収穫はロシア人がなぜこうまで(特に一見さんに)無愛想なのかがわかって、納得できた事だった。結構深くてロシア人の気質としか言いようがないが、あの無愛想さはある意味美徳なのだ。ただしその鎧は結構厚い。ところで彼らもすでに相当いい具合になってきている。明日はノービジネスで一緒に歩こうと言ってくる。そんなことより車でちゃんと帰れるんだろうか。まあいいや。後は彼らと別れてホテルに戻る。夜11時沈没。

ズドーン

とりあえず戦車と私

ボガーン

まさについさっきマフィアに爆破
されたばかりの商店。。。

     

インデックスページ    旅程表    前の日    次の日